Killer Stitch
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バーで飲む。バーで浴びるほど呑み続ける。
淡くライトアップされた店内の片隅で、俺はグラスに琥珀色の液体を注いでは空にしていく。
回りの謙遜、女の笑い声。
男達の罵声もどこか遠くの世界で聞こえるような、断絶感。
つまり絶望だ。
遠回りの自殺に俺は今、挑戦している。
急性アルコール中毒で死ねるなら、俺の人生を鑑みてもお釣りが来る死に方だ。
この街の情報屋として長く生きていた―――正確に言えば、泥を啜って生きてきた。
血の味、敗北の味も多かったが、他者が被る不幸の甘味料ってやつを俺は糧にしてきた。自慢にもならないが、この街では結構ありつけたランクに立っていた。あと少しで勝ち組になる予定だった。が、所詮豚は豚。犬は犬。勝ち豚、勝ち犬は世の中に存在しなかった。
色々な危険を回避して来たが、今回ばかりは命のストックってヤツがあっても無理だ。
今回ばかりは絶望だ。
タチが悪い。
命からがら手に入れた情報がデマと気づいたのは、売った後。しかも、売った相手がマクドゥエル・ファミリーの武闘派マフィア。もう、最悪だ。まさに後の祭りだ。後は血祭りになって中央公園の街路樹で吊るされる。小学生の通学路を狙って吊るされるだろう。見せしめとして。
虐殺家がプロデュースする殺人映画に出演決定したようなものだ。
頭のネジが無い―――いや、理性がない奴らの自慰ネタになる。食人嗜好者も喜ぶこと間違いなし。色んな意味で俺は喰われて殺られてお終い。
絶望的なキャッチフレーズが決まったことで、九杯目の酒杯を一気に喉へ流し込む。
バットエンドのスタッフロールはアルコール付けの思考回路を廻り続ける。俺の脳味噌もヤキが廻ったもんだ。まぁ、頭蓋骨も木っ端する時間の問題だ。
あぁ………死にたくない。
ひどい死に方だけはしたくない。
「お客さん? それ以上飲み続けると、身体に毒ですよ?」
バーテンのマスターが静かな声で俺に言う。
「良いんだよ。構わないでくれ」
毒に犯されて死ぬ方がマシだ。それもアルコールで死ねるなら。
「私も色々な人間を見てきました。あなたのような負け犬の眼をした人を」
「……………」
反論は無い。異存も無い。まさしく俺は負け犬。それも完璧に明日すら無い。
「お客さん? 相談に乗りますが?」
毒が染み込むように――――悪魔が囁く声に俺は顔を上げた。
年季の入った壮年男性。だが、その体から発している匂いは俺と同じだ。汚泥だらけの街を生き抜いた古兵の顔は、微笑していた。
マスターの毒が利いたのか、俺は一気に喋った。
致命的なミスを晒すのは、酔った勢いでなければ出来ないだろう。だが、マスターは嘲るでもなく黙して耳を傾ける。
「つまり今、俺は遠回りな自殺を決行中だ。度胸が無いと罵るなら、罵ってくれても構わない。罵りを受けるようなことはしてきた。俺は自分のこめかみにすら銃口を当てられない。引き金に触れただけで………死が触れているだけでブルッちまう…………」
震えた手で酒杯を煽る。そこでようやくマスターは渋いしぐさで顎に手を置き、口を開く。
「お客さん? あなたは助かりたいんですね?」
酒杯をテーブルに置き、頷く。だが、金をいくら積もうと、誰も助けてくれるわけが無い。
「お客さん? いくらお持ちですか? 地獄の沙汰も金しだいです」
言われ、俺は薄汚いザックを小さく開いてマスターに見せる。
マスターは小さく口笛を吹き、ニヤリと哄った。
「お客さんに覚悟はありますか? 死を回避するために、死神と合う事を?」
「死神? 俺を殺ろうとしている連中の噂くらい聞いているだろう? アイツらは鉛弾を浴びながら突っ込む。そして必ず殺る。必ず生還する不死身のキワモノだぜ? 死なない連中をどう殺れる?」
「不死身ですか………ですが、私が紹介する死神は死すら超えた。決して期待を裏切らない超一流です。どうするかはお客さんしだい。いや、さきほどのお言葉をお借りして度胸しだいです」
そして、マスターは一つの携帯電話を酒杯の横に置いた。
「さぁ? 殺るか、殺られるかの瀬戸際です。あなたの命はそのザックの半分で助かるかもしれませんよ?」
毒液滴る誘惑の言葉に流されるまま、俺は携帯電話を手に取る。
「Good。なら、私も紹介しましょう。地獄の殺し屋をね?」
マスターの顔が微笑んだ。しかし、何故だろうか。この携帯電話を手に取った瞬間、俺は後戻りの出来ない、それこそ今この場で死んでしまった方が正しい選択のような気がしてならなかった。